TOP >> 技術指導の紹介 >> ソーラーボート 須崎工業高校




 中学生の頃、造船業に就職して船を造る醍醐味を話す兄の姿に憧れていました。それが、兄も卒業した須崎工業高校の造船科に進む大きなきっかけとなりました。迷わず造船部に入部したものの最初はできることがなく、ずっと先輩の作業に見入っていました。その技術は1年しか離れていないとは思えないレベルで、魅了され、どんどん船造りに引き込まれていきました。放課後、グラインダーで研磨してプロペラ角を調整している内に外が真っ暗になるなんてことはザラ。先生や先輩から指示を受ける前に動き、取りかかった作業は責任を持ってやり遂げる。常に期待を上回ることに意識を集中し、昨日よりも今日、今日よりも明日、自分に挑戦し続けています。
 ソーラーボート大会は3年間の集大成となる絶好のチャンスでした。練習では思うように記録が伸びず、「なにくそ!」という思いで参戦しました。大学生・企業も含む一般15チーム、高校・高専27チーム、参加総数は40チーム超え。150メートルの区間走、ランダムに並んだ10個のブイをジグザグに進むスラローム。最高時速は20キロ。持ち込んだ船はSuko供Suko靴2隻。結果はワンツーフィニッシュ。しかも自分たちが造ったSuko靴罵ゾ,垢襪海箸でき、仲間と飛び跳ねて喜び合いました。この日まで壁に当たることが何度もありましたが、「やらんかったらできん」という木下先生の言葉を胸に仲間と助け合い、乗り越えることができました。造船一色の高校生活でしたが、本当に充実していました。
 就職は、念願が叶って広島県の造船会社に決まりました。海に囲まれた日本では船が欠かせません。生活に必要な物資を運ぶ重要な役割を担う船を自分の手で造り、世界の海を航海させます。




 どの生徒も最初から夢や目標を持っているわけではありません。物質的に満ち足りた現代社会、「何かを成し遂げたい」という野心を持ちにくいのが現実。そんな時代だからこそ身近なことに一所懸命に取り組ませる。何かに向き合ってこそ目標を意識するようになり、やりたいことが見え始めます。私も本校の卒業生。進路が決まらずやむを得ず入学しました。無気力な私でしたが、授業中に先生方の見事な技術を見せつけられ、その姿に衝撃を受け、「この技術を身に付けたい!」と奮起したのが始まりです。  高校卒業後に就職した舟艇メーカーを早期退職し、母校に戻ってはや5年。船造りを通じて、日本人の特質とも言える創意工夫する力や真面目さを活かした「工業技術者の卵」を育てることが私の日々の目標です。